| 内 容 |
新聞の写真を見て、なんてカラフルなの?!と思った方も多いはず。
この「谷汲踊」は、長さ4メートルの竹製で鳳凰の羽根を形取った“しない”を背負い、胸には直径70センチの大太鼓をかかえた12人1組に組んで、しないをくねらせながら踊ります。このほかに楽器として鉦鼓4人、洞貝2人、横笛4人、拍子木2人、唄・お囃子6人が一緒になって踊ります。豊年を祈願するため村内3ヶ所で踊ります。
愛・地球博の「岐阜県の日」にも披露されたので、愛知県の長久手会場でご覧になられたラッキーな方もいらっしゃると思います。
この谷汲踊の評判は高く、各地域のイベントや愛・地球博のような博覧会などで華麗な舞を披露し、来場者の方を沸かせています。岐阜県重要無形民族文化財第1号に指定されているこの踊りを、本場揖斐川町で見てみませんか?毎年2月18日に行われています。
* 谷汲踊の歴史 *
今から800余年前から伝わる武者踊。名前や目的が時代によって違いました。
1 鎌倉踊
源氏が平家を滅ぼし、将兵が鎌倉へ戻り戦勝を祝って踊ったのが始まりとされています。
このことにちなみ、最初は“鎌倉踊”と呼ばれていました。
2 雨乞踊
徳川幕府時代には、農民が雨乞いをするために踊り、名前が“雨乞踊”となりました。
3 豊年踊
雨乞踊ののち、今度は豊作を願うための“豊年踊”と名を変えました。
4 谷汲踊
時代とともに名を変えていったこの踊りも、昭和28年には今の“谷汲踊”に名を落ち着かせました。 |