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平井先生の素描

第3回 昭和の終わり頃 その2

 昭和62年の4月、景気は過熱していた。欧米からの「働きすぎ」批判に答えるように新・前川レポートが発表され、内需拡大と週40時間を目指す労働時間短縮が大きく取り上げられた。9月には昭和22年に作られた労働基準法が、40年ぶりに大改正された。改正法は規模別、業種別に段階的に実施された。当時、週休2日制を導入していた中小企業は概ね5割で、せいぜい月1、2回までだった。
 この頃、旧労働省から時短カウンセラーの委嘱を受け、個別事業所の労働時間短縮の指導にあたった。守備範囲は広く、岐阜地区を中心に南は羽島、西は七宗、北は郡上にまで及んだ。
 長良川に沿って北上すると日差しを受けた川面に鮎竿が並び、笠をかぶり釣りに興じる太公望の姿を多く見かけた。会社に近づくと、木材を切るかん高い唸りが聞こえてきた。工場に入ると、きな臭いにおいが充満していた。昔、家を新築したときの建前のにおいと同じで嫌いではない。経営者に訪問趣旨を説明すると、顔が曇った。
 経営者からは、疎まれることが多かった。元労働基準監督署長が、ある会議で景気の良い時には「こんな忙しい時に」と言われ、景気が悪くなると「こんな不景気の時に」と言われる、と嘆いていたことを思いだす。全く同じ気持ちを味わうことにはなったが、中小企業主の悩みや苦しみを直接聞くことができた。労働時間と賃金が「労働」の中心概念であり、仕事と生産性、職場環境がその内容となることを肌で知る良い機会となった。
 あれから23年。日本人の勤労観は、どのように変化したのだろう。