【税務】第184弾 生前贈与の新しい考え方 ~相続時精算課税を上手に活用する~

1.「110万円なら安心」の常識が変わった

 「毎年110万円までの贈与は非課税だから、長年続ければ着実な相続税対策になる」──。これまで多くの方が実践してきたこの手法が、今、大きな転換期を迎えています。令和6年度からの税制改正により、従来どおりの「暦年課税」による贈与のルールが厳格化されたためです。
 最大の変更点は、相続財産への「持ち戻し期間」の延長です。暦年課税では、相続開始前に行われた一定期間内の贈与を相続財産に足し戻して相続税を計算しますが、この期間が従来の「3年間」から「7年間」へと段階的に延長されました。つまり、年間110万円以下の贈与であっても、相続開始前7年以内に行われたものは、相続税の計算に影響する可能性があるということです。延長された期間(4年前から7年前まで)に行われた贈与については、合計100万円まで加算しない配慮措置があるものの、「110万円なら安心」とは言い切れなくなっています。

2.新時代の主役「相続時精算課税」の劇的な進化

 こうした状況下で注目を集めているのが「相続時精算課税」です。これは、原則として60歳以上の父母や祖父母から、18歳以上の子や孫に贈与する場合に選択できる制度です。
 本制度では、累計2,500万円までの特別控除があり、この範囲内であれば贈与税はかかりません。これを超える部分には一律20%の税率で課税されますが、納めた贈与税は将来の相続時に精算(控除・還付)されます。
かつてこの制度は、少額の贈与でも申告が必要で、相続時には全額を合算しなければならないことから、利用が進みにくい制度と受け止められてきました。しかし、令和6年1月1日以降の贈与からは、この制度にも「年110万円の基礎控除」が新たに創設されました。
 この基礎控除が暦年課税と決定的に違うのは、「相続時に持ち戻さなくてよい」という点です。つまり、相続時精算課税を選んだ後に行う年110万円以下の贈与については、相続開始直前であっても相続税の対象外となります。

3.制度選択と手続きの注意点

 もっとも、留意すべき点もあります。最大のポイントは、「一度選択すると、その贈与者からの贈与については、二度と暦年課税に戻ることができない」という点です。父からの贈与についてこの制度を選択した場合、生涯にわたり精算課税のルールが適用されます。
 また、利用にあたっては、贈与を受けた翌年の申告期間内に、受贈者の住所地を管轄する税務署へ「相続時精算課税選択届出書」を提出しなければなりません。届出を怠ると暦年課税として取り扱われ、前述の「7年間の持ち戻し」ルールの対象となってしまいます。期限の厳守と、戸籍謄本などの必要書類の準備には、慎重な対応が求められます。

4.「どちらが有利か」を見極める視点

 では、すべてのケースで相続時精算課税が有利なのでしょうか。例えば、相続税の基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)を下回る資産状況であれば、あえて手続きの煩雑な制度を選ばずとも、暦年課税で十分な場合があります。また、相続まで長期間ある場合に、将来の制度改正リスクを考慮して暦年課税を選ぶという判断も考えられます。
 一方、経営者の方々のように、自社株や不動産など将来の値上がりが予想される資産をお持ちの場合には、相続時精算課税の特性が有効に働くことがあります。相続時精算課税では、原則として贈与時の価額を基に相続税の計算を行うため、将来の価値上昇分について相続税の負担を抑える効果が期待できるからです。

5.おわりに

 生前贈与は、単なる税金計算の比較ではなく、「わが家の状況に合った制度はどれか」を考える時代になっています。改正後の制度を正しく理解し、状況に応じて暦年課税と相続時精算課税を使い分けることが、これからの賢い相続対策といえるでしょう。

税理士 𠮷野縫子

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