【税務】第187弾 リスキリング時代における教育費・資格取得費の在り方

 近年、政府は「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」を創設し、今後5年間で1兆円規模の投資を表明しました。リスキリングとは新しい業務や職業に就くための「学び直し」を意味し、岐阜県でも「ものづくりDX人材育成リスキリング」や社会人向けのIT・AI研修といった施策を展開し、地域企業の人材育成を強力に支援しています。このように行政はリスキリングを後押ししていますが、税務の観点ではどのように整理されているのでしょうか。
 まず個人事業主の場合、教育費や資格取得費をどこまで事業の必要経費として認めるかは、議論が続いています。従来、教育費は「個人の教養や人格形成を目的とする支出」とみなされることが多く、必要経費として認められる範囲は業務との直接的な関連性が明らかである場合に限られています。特に新しい資格の取得にかかる費用は、たとえ業務に関連しているように見受けられても、将来のための自己投資と捉えられやすく、必要経費として認められない傾向が強いのが現状です。これを裏付ける事例として、大阪高裁令和2年の判決があります。接骨院を営む事業者が柔道整復師の資格を得るための学費について、裁判所は「新たな資格取得は業務の維持・拡大に直結するとはいえず、むしろ個人の人的資本の価値を高めるもの」として必要経費ではないと判断しました。しかし、事業の現場に立つ者の感覚からすると、この判断について疑義が残るのではないでしょうか。スキルアップのための研修や資格取得が事業継続に不可欠なケースは多数存在します。これらに係る支出は本来、事業活動の一環として経費と認められるべきですが、税務上は「業務との直接的な関連性」を求められ、さらにはその基準も曖昧であるため、必要経費か否かの判断にも迷いが生じます。この不透明さが、学び直しへの投資を控えさせる一因となっている可能性もあるでしょう。
 海外に目を向けると、米国では教育費の取扱いが明確です。「現職に必要なスキルの維持・向上」に資する費用は控除の対象となる一方、「新しい職務や資格取得のための費用」は一律に対象外となります。シンプルで判断しやすい反面、資格取得という重要な人的資本投資が認められにくい側面もあります。
 次に法人の場合ですが、その取扱いは比較的明確です。会社が従業員の研修費や資格取得費を負担した場合、業務との関連があれば原則、損金として認められます。法人は教育費を人材投資として進めやすく、税務上の後押しもあります。ただし、従業員自ら費用を負担した場合は原則として給与所得控除の範囲に留まります。例外的に「特定支出控除」という所得控除の仕組みもありますが、会社の証明が必要なことや、支出額が給与所得控除額の2分の1相当額を超える必要があるなど要件が極めて厳しく、利用者はごくわずかです。結果として、日本の現行税制では個人の学び直しへの支援は限定的といえます。
 人的資本への投資が企業や地域の発展に不可欠であることは間違いありません。そのような投資が税務上で適正に経費として認められるためには、個人事業主は業務との関連性を記録し説明できるよう備え、法人は損金算入を活かし計画的に人材育成を進めることが重要です。
 併せて政策面では、米国のような明快さを備えつつ、個人事業主における業務と関連した資格取得費を必要経費と認める制度整備や、給与所得者の「特定支出控除」の要件緩和が望まれます。行政がリスキリングを支援する仕組みを整えつつある今こそ、税制面でも教育費の取扱いを再検討するように働きかけ、人材育成を通じた企業の成長と地域の発展を後押ししていきたいと思います。

税理士 尾崎佑樹

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