【税務】第175弾 『1億円の壁』について

はじめに

 「1億円の壁」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。日本の所得税は超過累進課税制度を採用しており、所得が高くなるにつれて税率も高くなる制度です。ところが、財務省の公表資料によると、納税者の所得税負担率は、所得金額が1億円までは右肩上がりで上昇していきますが、1億円を超えるあたりから逆に右肩下がりで低下していく傾向にあります。これが「1億円の壁」とよばれるものです。

1.「1億円の壁」ができる背景と問題点

 上述した通り、日本の所得税は超過累進課税制度が採用されています。所得税の税率は所得に応じて5%から、45%まで7段階の超過累進税率となっています。その一方で、株式譲渡益などの金融所得は分離課税の対象となるため、その所得税率は一律で15.315%です。金融所得が多くある富裕層において合計所得金額が1億円を超えると実質的な所得税負担率が低くなる現象が起きることとなります。
 この「1億円の壁」は、「租税負担を納税者の担税力に即して公平に配分しなければならず、各種の租税法律関係において国民は平等に取り扱われなければならない」という租税法の基本原則の一つである租税公平主義に即しておらず、是正が必要だと考えられています。

2.「1億円の壁」への対応策

 「1億円の壁」という、現象を是正するために、令和5年度改正で創設されたのが「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」です。同措置は令和7年分の所得税から開始されます。
 同措置は、令和7年分以降の基準所得金額が3億3,000万円を超える場合、その超過部分の金額の22.5%に相当する金額から基準所得税額を控除した金額に相当する所得税を追加納税する必要があるというものです。同措置の対象になるか否かは次の計算式により判定をします。

  1. (基準所得金額※1 -3億3,000万円)×22.5%
  2. 基準所得税額※2
  3. ①の金額が②の基準所得税額を超える場合に、追加納税の対象となります。

※1総合課税及び分離課税の対象となる所得に、申告不要制度を適用しないで計算した上場株式の配当や譲渡による所得などを含めたもの
※2外国税額控除を適用しないで計算した所得税額(申告不要制度適用分に係る源泉所得税含む)

 このように、一定の富裕層の内、金融所得など分離課税や申告不要制度の対象となる所得の割合が高く、実質的な負担税率が22.5%より低くなっている納税者は、この制度の対象となり、追加の税負担が必要となります。

おわりに

 この「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」は、高額所得者の税負担の歪みを是正する一歩にはなると思われます。
 ただ、あまり金融所得課税を強化し過ぎるとせっかく動き出した「貯蓄から投資へ」の流れを止めてしまうことになりかねません。金融所得課税のこれからの動向について注意深く見守っていく必要があるのではないでしょうか。

税理士 伊藤秀和

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!